「困ってるひと」の大野更紗さんと糸井重里さんの対談を読んだ。
(http://synodos.livedoor.biz/archives/1857641.html)大野さんの「平成生まれの子と話すと、みんなすっごい、すっごい苦しそうなんです。とくに就活してる子たち」という発言が、がつんときた。言葉がぐるぐると頭をまわる。
私は、就職活動、したことがない。
高校を1年の時に辞めて、それから21歳のいまに至るまでずっと、だらだらとフリーターをしてる。
まともな社会経験も、20歳を超えた人なら大抵は経験しているはずの当たり前の体験(恋愛とか女子会とか進路相談とか)も、私の人生からは、ぽっかりと抜けてる。
10代のころは半分ひきこもりだった。
1日6時間くらいかろうじてバイトに行って、ほかの時間はほぼ自分の部屋でネットをしていた。もちろん昼夜逆転生活だった。「部屋の乱れは心の乱れ」はまさしくで、私の部屋はいつも足の踏み場もないくらいに物が散乱していたし、身だしなみを整えたりすることすらひたすらめんどくさかった。とにかく無気力で、だらしがなかった。
20歳のときに早朝バイトを始めて生活が朝型に変わったら、無気力がマシになった。(これには朝型生活以外にもいくつか要因があると思う。「これだ!」ってぱっと思いつくのが何個かある)
いまは部屋はまあまあ片付いてて、お風呂入るのもそんなにめんどくさくない。ネット時間も目に見えて激減した。1日10時間とかザラだったのが2,3日しなくても平気。
だから、いちばんひどかったときに比べたらだいぶよくなったのはよくなったけれど、いまもバイトは親の扶養内で、1日6時間程度。看護学校の受験勉強してる…っていうのがちょっと言い訳になったとしても、まともな社会人とはとても言えない。
躓かずにまっすぐに大学に行って、恋愛だったり女子会だったりをふつうにできる人が、その環境や能力が、私はずっとうらやましかった。
「ストレート」の人生を当たり前に手にしてる(ように見える)人たちを、恵まれてるなあって僻んでる部分も、たしかにあった。
大野さんの発言に、自分はすっごくみっともないなと、あらためて思い知らされた。
大学生が大学に合格できたのは、それだけたくさんの勉強をちゃんとしたから。
恋愛や友達も(経験がないので説得力を持ったことが言えないんだけど)、生身の人間同士のことだから、
どんなにコミュニケーション能力がある人でも、思い通りにいかないことはきっとたくさんあるはずで。
傷付いたり腹が立ったり、そういうことを引き受けた人だけが、人との濃い関係を築けるんだと思う。
なんの努力もしないまま、いちども傷付かないまま、社会で居場所を持てる人なんていない。
恵まれている人も、恵まれた資質の上にあぐらをかいて、ラクをして生活しているわけじゃない。
「現実」のなかで無傷でいられる人なんていない。
社会の人はみんな、それぞれの場所で、それぞれの力で踏ん張って、自分の人生を保ってる。
私は、ずっと逃げてた。現実からも自分自身からも、本当に逃げてた。
いい加減なことをたくさんした。バイト無断で辞めたり、大学受験も、予備校に行かせてもらって、多くのお金を使ってもらって、だけど長時間勉強をするのが辛くて、結局途中で放り投げた。(だから最後までちゃんと努力して大学に合格した人を僻む資格はほんとにないんです)
学校のことで悩んでる妹に、自分を棚に上げて上から目線で傲慢なこと、たくさん言った。
友達(でいてくれた子)とも、へらへらいい加減に接することが多かった。迷惑をかけた人、傷付けた人が、たくさんいる。
なんの努力もしてこなかった。打ちのめされるほどなにかと真剣に誠実に向き合ったこともなかった。
私はあんまり家庭環境がよくない…と思う。
小さいときから両親は不仲だったし、中3のときに母子家庭になってからは、母親との関係が劇的に悪化して、いつも口げんかが絶えなかった。ひどいことたくさん言ったし、同時に言われた。
けんか以外のいわゆるふつうの家族の会話はほぼなくて、ごはんはいつも自分の部屋でひとりで食べてた。
自分でもよくわからないうちに社会のレールから外れて、部屋にひとりぼっちで、10代のとき心が蝕まれるように辛かった、それも、本当。
話を聞いて支えてほしかった。態度や言葉に出して心配してほしかった。
母との関係が良好だったら、高校辞めたりひきこもったりせずに済んだかもしれない。
もっと上手に誰かとの関係を築けたかもしれない。そう思う気持ちが、どうしても消えてくれない。
そしてその家庭環境のことを使って許されたい自分が、私のなかにいつもいる。
「辛かったね」って、誰かに言ってもらえないだろうか。
私がしてきたいい加減なこと、ひどいこと、それで帳消しにならないだろうか。こっそり思ってる。
ならない。なるわけない。なるわけないよ。
ひとりで辛かったのは本当。どうしたらいいのかわからなかったのも本当。
私だけが悪いわけじゃないのも、たぶんある程度は本当。
だけど、「恵まれなかった」は、自分の後ろめたい過去を洗い流してくれる免罪符には決してならない。
自分を弱い者扱いして、辛かったしんどかったひとりだった、だからしょうがなかったなんて、そんなの通らない。
時間は戻らないし、過去は消えない。やってしまったことはやってしまった。傷付けたのは傷付けた。
生い立ちを盾に自分をかばって、都合の悪いことからは目をそらして、そんな態度でいるかぎりは、きっとなにも掴めないままだよ(と、自分に言い聞かせる)。だいいち傷つけてきた人に失礼すぎる。
私と同年代の人はいま就活してる。社会に直面してる。現実と対峙してる。
そして、「みんな、すっごい、すっごい苦し」んでる。
自分が恥ずかしい。
私は、これからどうしていくんだろう。
ずっと逃げないでがんばってきた人とは、当たり前すぎるけれど、ものすっごく差が開いてる。
社会経験もコミュニケーション能力も圧倒的に足りてない。
そういう自分をちゃんと受け止めて、現実に戻らなきゃいけない。
看護学校に受かって、今度こそ投げ出さずに資格とって、社会のなかで生きていかなきゃいけない。
時間はとまらずに進んでる。みんながんばってる。
いつまでも逃げてたら間に合わなくなる。